不動産投資の収益を決める要素は、突き詰めれば「家賃収入」と「支出」の2つだけです。このうち支出はコントロールが難しい一方、家賃収入は工夫次第で増やせる余地があります。
そしていま、日本の賃貸市場は過去に例のない上昇局面にあります。
「家賃は下がっていくもの」という前提で語られてきた常識が、ここ数年で完全に覆っています。
本記事では、これから不動産投資を始めようとしている方に向けて、家賃を引き上げるための具体的な方法と、法律上どこまでが許されるのかという限界線を整理します。物件を買ってから知るのではなく、買う前に知っておくことで物件選びの精度そのものが変わります。
- 2026年の賃貸市場は、全国・全面積帯で家賃が上昇するという調査開始以来初の局面。東京23区のシングル向けは前年比13%上昇
- 値上げの方法は2つ。退去後に募集賃料を引き上げる(ルートA)と、入居中の入居者に増額を求める(ルートB)
- 実務の主力はルートA。ルートBは借地借家法32条が根拠だが、調停前置のため費用対効果が合わず、書面交渉で決着しなければ現実的でない
- 値上げの根拠は「都内の家賃が上がっているから」ではなく、同一物件・周辺エリアの成約賃料
- そして最大の家賃戦略は購入時点にある。買う前に「上げしろが残っているか」を確認することが最も効く
本記事はKASUUNO編集部が執筆しています。
1. 2026年、家賃は実際どれだけ上がっているのか
家賃が上がっていることは読者の方も自分ごととして感じている方も多いのではないでしょうか。
アットホームの「全国主要都市の『賃貸マンション・アパート』募集家賃動向」によると、2026年3月は調査対象の全13エリア・全面積帯で前年同月比を上回りました。これは2015年1月の調査開始以来、初めてのことです。
家賃上昇はもはや都心の一部の現象ではなく、全国に広がっています。
特に上昇が著しいのが、ワンルーム投資の対象となるシングル向け(30㎡以下)です。
首都圏シングル向き平均募集家賃(2026年3月)
| エリア | 平均家賃 |
| 東京23区 | 111,922円 |
| 東京都下 | 63,637円 |
| 神奈川県 | 78,222円 |
| 千葉県 | 74,459円 |
| 埼玉県 | 67,526円 |
東京23区のシングル向けは前年同月比13%の上昇率を記録しています。
長谷工総合研究所のレポートでは、2026年4月時点で東京23区のマンション賃料が過去最高を更新し、30㎡以下では23カ月連続、30〜50㎡以下では11カ月連続の上昇となったことが報告されています。30㎡以下のマンション家賃は2025年5月に10万円を超え、2026年時点では1年前のアパート30〜50㎡とほぼ同水準まで来ています。
東京カンテイの分譲マンション賃料データでも、2026年1月の東京23区は5,041円/㎡と、ついに5,000円の大台を突破しました。
家賃上昇の要因
背景にはいくつかの要因が重なっています。
- 建築費の高騰 — 資材価格と人件費の上昇により新規供給が絞られ、需給が締まっている
- 単身世帯の増加 — 都心回帰と晩婚化により、23区の単身世帯数は増加傾向が続いている
- 分譲価格の上昇 — 買えない層が賃貸に留まることで、賃貸需要が押し上げられている
- 物価全体の上昇 — 長く据え置かれてきた家賃が、他の物価に遅れて追いついてきている
都心部での新規供給は限られている一方、賃貸需要はそこ堅く、周辺地域からの人口流入も続いています。外国人人材、留学生等の流入も活発で賃貸需要は押し上げられています。
また、資材価格、人件費の高騰も続いており、物件の供給コストは下がる目処が立ちません。そこにコロナ後のインフレが押し寄せてきているために、賃料も上昇しているのです。
いずれの要因も明日すぐになくなる物ではないため、もはや賃料上昇はインフレとともに継続していくことが予測されます。
2. 家賃を上げる方法は2つのルートに分かれる
ここからは物件オーナー向けに、家賃の引き上げ方法を開設します。
家賃の引き上げには、性質がまったく異なる2つのルートがあります。多くの解説記事がこの2つを混ぜて書いているため、実務では混乱しがちです。
| ルートA:退去後に募集賃料を上げる | ルートB:入居中の入居者に増額を求める | |
| 相手の同意 | 不要 | 必要 |
| 難易度 | 低い | 高い |
| 実現性 | 市場が上がっていれば高確率で実現 | 拒否されれば法的手続きへ |
| コスト | 原状回復費・募集費用が発生 | 原則不要(争えば費用発生) |
| タイミング | 退去時のみ | いつでも請求は可能 |
結論から言えば、現実的な主力はルートAです。ルートBは制度としては存在するものの、ハードルが高く、実際に成功する場面は限られます。
まずルートAを確実に実行できるようにし、ルートBは「知識として持っておく」という位置づけが実務的です。
3. ルートA:退去後の募集賃料を引き上げる
入居者が退去したタイミングは、家賃をリセットできる唯一の機会です。ここで前の家賃をそのまま踏襲してしまうと、市場の上昇分を丸ごと取り逃がすことになります。
3-1. まず「成約賃料」を調べる
多くのオーナーが見ているのは募集賃料ですが、判断材料にすべきは成約賃料です。募集賃料は売り手の希望価格であり、実際にいくらで決まったかとは別物です。
調べ方は以下の通りです。
- 管理会社・仲介会社にレインズの成約事例を出してもらう — 最も精度が高い。同じマンション内、同じ築年数帯、同じ間取りの直近成約を依頼する
- ポータルサイトの掲載消滅を追う — 近隣の競合物件が、いくらの募集で何日後に掲載終了したかを記録する。手間はかかるが実態に近い
- 同一マンション内の他住戸の募集履歴 — 最も条件が近いため参考価値が高い
こうしたデータは賃貸募集会社がデータを持っている可能性もあるので、担当者に聞いてみると良いでしょう。
3-2. 管理会社の「早期決着バイアス」を理解する
管理会社は賃貸仲介が成立した時点で仲介手数料を得られるため、早く決めたがります。多少賃料が安くても成約させることにインセンティブがあるわけです。
一方で、オーナーからすれば家賃が1万円上がれば売却額は数百万円引き上がります。1万円と言わずとも数千円上がるだけでも売却を考えれば価値があります。つまり管理会社との若干の利益相反があります。
対策として、
- 募集開始時に「まずこの金額で2週間出してください」と期間と金額をセットで指示する
- 反響件数・内見件数を週次で報告してもらう
- 2週間で内見がゼロなら3,000円下げる、というようにあらかじめ下げ幅とタイミングを決めておく
「高く出したら決まらないのでは」と不安に感じる方もいるでしょうが、家賃アップ=資産価値アップですから、短期間に絞ってでもチャレンジすべきです。
3-3. 設備投資で家賃を上げる
原状回復のタイミングは、設備をアップグレードする好機でもあります。ただし投資である以上、回収年数で判断します。
| 施策 | 概算費用 | 想定家賃アップ | 回収年数 |
| インターネット無料化 | 月額2,000~4,000円 | +2,000~3,000円 | 実質即時(ランニング) |
| 独立洗面台の設置 | 15~25万円 | +2,000~3,000円 | 約7~8年 |
| エアコン交換(最新機種) | 10~15万円 | +1,000~2,000円 | 約7年 |
| 宅配ボックス(共用部) | 管理組合マター | +1,000~2,000円 | ー |
| アクセントクロス・床材変更 | 5~10万円 | +1,000~2,000円 | 約5年 |
| 温水洗浄便座 | 3~5万円 | +1,000円 | 約4年 |
| モニター付きインターホン | 3~6万円 | +1,000~2,000円 | 約3~4年 |
※費用・効果はエリアや物件条件により変動します。
設備による賃料引き上げは、同一物件内での競争力アップにもつながりますし、設備によって賃料が高いという納得感にもつながります。
4. ルートB:入居中に家賃を増額する(賃料増額請求)
入居者がいる状態で家賃を上げたい場合、根拠となるのが借地借家法32条です。
4-1. 増額請求が認められる3つの要件
借地借家法32条1項では、以下のいずれかに該当し、現在の家賃が不相当となった場合に、当事者は将来に向かって家賃の増減を請求できるとされています。
- 土地または建物に対する租税その他の負担の増減 — 固定資産税・都市計画税の上昇など
- 土地または建物の価格の上昇または低下、その他の経済事情の変動 — 地価上昇、物価上昇など
- 近傍同種の建物の借賃との比較で不相当となったこと — 周辺相場との乖離
現在の局面は、この3つがすべて揃っている珍しい状態です。地価と物価は上昇し、周辺相場も上がっています。加えて2027年度は固定資産税の評価替え年にあたり、都心部では評価額の上昇が見込まれます。要件の観点では、いまは増額請求が主張しやすい環境と言えます。
4-2. ただし「特約」があると請求できない
同条ただし書きには重要な例外があります。一定期間家賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従うとされています。
賃貸借契約書にこの種の条項が入っていれば、期間中は増額請求そのものができません。物件購入時に既存の賃貸借契約を引き継ぐオーナーチェンジ物件では、契約書のこの条項を必ず確認してください。これは検討層が最も見落としやすいポイントの一つです。
4-3. 請求してから決着までの流れ
増額請求は、以下のステップを踏みます。
ステップ1:通知と協議 まずは書面で増額の意思と金額、根拠を通知します。近隣の成約賃料データや固定資産税の増加額など、客観的な資料を添えるのが実務上のポイントです。多くのケースはここでの話し合いで決着します。
ステップ2:調停 協議が整わない場合、いきなり訴訟はできません。賃料増減額請求は民事調停法により調停前置とされており、まず簡易裁判所の調停を経る必要があります。
ステップ3:訴訟 調停でも不成立なら訴訟です。ここまで来ると不動産鑑定士の鑑定費用なども発生し、費用倒れになる可能性が高くなります。
カスーノ博士実務上は、ステップ1で了承を得られない限り値上げは難しいのが現実じゃ。家賃が引き上げられるポテンシャルがある=含み益が出ていると言えるから、焦らないことじゃ。
4-4. 争っている間、家賃はどうなるか
借地借家法32条2項では、増額を正当とする裁判が確定するまで、入居者は自分が相当と認める額を支払えばよいとされています。つまり係争中、オーナーは従来の家賃しか受け取れません。
ただし裁判で増額が認められた場合、既払額の不足分に年1割の利息を付して支払われます。この利息は現在の金利水準からすればかなり高く、オーナー側の実質的な補償として機能します。
4-5. 現実的な結論
制度としては存在しますが、区分ワンルーム1戸で調停・訴訟まで進めるのは費用対効果が合いません。月3,000円の増額のために鑑定費用数十万円をかける計算にはならないからです。
したがってルートBは、
- 書面での交渉で応じてもらえればラッキー
- 応じなければ、次の退去タイミングでルートAを確実に実行する
という構えが現実的です。なお、定期借家契約であれば期間満了で契約が終了し、再契約時に条件を見直せます。新規に賃貸借契約を結ぶ場面では選択肢として検討する価値があります。
定期借家契約は特に高額家賃の物件で一般的になってきています。日本では借り手が過剰に保護されていることもあり、ファミリー物件などの月額20万円以上の物件では自衛の意味を込めて定期借家契約が選ばれることが増えています。
5. 値上げにはデメリットはほぼない
家賃引き上げ交渉の最大のリスクは「退去リスク」。
ただ、現状の市況感では多くの物件が値上げを行っている上に、引っ越すとなれば初期費用が別途かかるため、つき数千円の値上げによる退去リスクは限定的。
積極的に値上げ交渉していくべきでしょう。
退去が発生したときのコスト
入居者が1人入れ替わると、おおむね以下の費用が発生します(家賃9万円の場合)。
| 項目 | 概算 |
| 空室期間の家賃損失(1.5カ月) | 135,000円 |
| 原状回復費(オーナー負担分) | 50,000~100,000円 |
| 仲介手数料 | 99,000円 |
| AD(広告料・1カ月) | 99,000円 |
| 合計 | 約38~43万円 |
損益分岐の考え方
上記の計算では月3,000円の値上げによって退去が発生した場合、38~43万円のコストがかかりますが、値上げに関わらず数年に一度は退去が発生するものです。一方で、月3,000円の値上げに成功すれば、物件価格は90~100万円ほどの値上がりが期待できるます。
期待値からすれば値上げ交渉していくべきでしょう。
インフレ期は人気物件は家賃を上げられる一方、そうでない物件は家賃がなかなか上がりません。値上げを要求する際は都内の家賃が上がっているから、ではなく、周辺エリアないし同一物件の別部屋の成約賃料を根拠に行いましょう。
競争力が弱い物件での賃料引き上げ交渉は、退去リスクを誘発します。
6. 検討層が「買う前」に確認すべきチェックポイント
ここまでの内容を踏まえると、家賃を上げやすい物件・上げにくい物件の条件が見えてきます。物件選定の段階で以下を確認してください。
上げやすい物件の条件
- 駅徒歩10分(バスなど他の公共交通機関あれば13分以内)で、周辺に競合となる新築供給が少ない
- 同一マンション内の他住戸が、現在の想定家賃より高く募集・成約されている
- 専有部の設備更新で差別化できる余地が残っている(独立洗面、浴室乾燥機など)
- 共用部が管理良好で、管理組合の修繕積立金が計画通り積まれている
- エリアの単身世帯数が増加傾向にある
注意が必要な物件の条件
- 現在の家賃が周辺相場より明らかに高い(=退去時に必ず下がる)
- サブリース契約が付いている(後述)
- 賃貸借契約に賃料増額しない特約がある
- 近隣に大規模な新築賃貸の供給計画がある
- 築古で、専有部の設備が既に一通り更新済み(打ち手が残っていない)
特に注意したいのが、販売時の想定家賃が現在の入居者の家賃より高く設定されているケースです。「今は8万円ですが、退去後は9万円で募集できます」という説明は、成約事例で裏付けが取れなければ鵜呑みにすべきではありません。
ちなみにインフレ期では、利回りは投資の指標になりません。
インフレが進み、金利コストが上がっていく中で、価値を維持し続けられる物件かどうかが重要な視点です。一言で言うなら、家賃が上がり続ける物件かどうか、です。その視点で物件を選び抜く必要があります。
サブリース契約には要注意
サブリース(一括借上げ)契約が付いた物件では、家賃が上昇してもその恩恵はオーナーに還元されにくい構造になっています。市場家賃が上がっても、サブリース業者との契約賃料は据え置かれるためです。
さらに重要な点として、借地借家法32条はサブリース業者側にも適用されます。つまり業者側からオーナーに対して減額請求ができるというのが判例の立場です。「家賃保証」という言葉から受ける印象と、実際の法律関係は大きく異なります。
いまのような家賃上昇局面では、サブリースの機会損失は特に大きくなります。検討段階でサブリース付き物件を勧められた場合は、ハイリスクは物件だと認識しましょう。
ちなみにですが、サブリース契約は実務上解約ができない契約です。購入後に解約すれば大丈夫ですよ、という説明は無知な投資家を型にはめる典型的な営業トークです。
7. おわりに
家賃は、買った後の努力より買う時点の選択で8割が決まります。
上昇局面だからこそ、その恩恵を受けられる物件を選べているかどうかを冷静に見極めてください。
【出典】
- アットホーム「全国主要都市の『賃貸マンション・アパート』募集家賃動向」
- 長谷工総合研究所「上昇を続ける東京23区賃貸住宅市場の行方」(2026年8月)
- 東京カンテイ「三大都市圏・主要都市別 分譲マンション賃料」
