不動産投資の物件情報を見ると、必ず「表面利回り」が載っています。
そして多くの入門記事が「区分マンションなら4%以上が目安」といった基準を示します。
しかしこの数字、インフレ期には判断指標として機能しません。
利回りは購入時点の断面を切り取った数字であり、将来家賃がどう動くかという情報をまったく含んでいないからです。デフレの30年間はそれでも問題ありませんでした。家賃が動かない前提が事実だったからです。その前提が、いま崩れています。
- 表面利回りは購入時点の断面であり、将来の家賃がどう動くかという情報を含んでいない
- デフレ期はどの物件も賃料成長がほぼゼロで揃っていたため、静的な指標でも比較として機能した
- インフレ期は賃料成長率が物件ごとにバラバラになるため、利回りだけでは比較にならない
- 金利は全員に等しく上がるが、家賃を上げられるかは物件によって決定的に異なる。この能力が「転嫁力」
- 利回り5%・賃料横ばいの物件と、利回り3.5%・賃料成長3%の物件では、9年で逆転。資産価値では決定的な差がつく
- 転嫁力は、同一マンションの成約実績・成約日数・募集と成約の乖離・回転率で測る
以下、なぜそうなるのかを数字で確認していきます。
本記事はKASUUNO編集部が執筆しています。
1. 利回りという指標の正体
まず定義を確認します。
表面利回り = 年間家賃収入 ÷ 物件価格
実質利回り =(年間家賃収入 - 年間経費)÷(物件価格 + 購入諸費用)
どちらも購入時点の1年分の家賃を使った計算です。ここに含まれていない情報が2つあります。
- 5年後、10年後に家賃がいくらになっているか
- 金利が上がったとき、その分を家賃に転嫁できるか
つまり利回りは、今日の成績表であって、将来の成長性をまったく語っていません。株式投資でいえばPER(今期の利益倍率)だけを見て、その企業が成長企業なのか衰退企業なのかを無視しているのと同じ構造です。
助手不動産投資って利回りが判断軸じゃないんですか?利回りが高いほどよいイメージです。



それが今最も危険な考え方じゃ。インフレ期は賃料が上昇しても住みたい人がいるような人気物件に投資をしないと失敗する。金利コストはどの物件も等しく上がるからな。
2. なぜデフレ期には機能したのか
それでも過去30年、利回りは有効な指標でした。理由は単純で、どの物件も家賃が動かなかったからです。
東京23区のマンション賃料インデックス(成約ベース・品質調整済)は、2009年から2022までの13年間は年率約1.0%の上昇しかありませんでした。地方に至っては横ばいか下落でした。
家賃の成長率がどの物件もほぼゼロで揃っているなら、比較すべき変数は利回りだけになります。静的な指標が有効だったのは、市場が静的だったからです。



デフレ期は賃料も返済額も固定であるため、利回りという指標だけを見ればよかったのじゃ。
3. インフレ期に、この前提が壊れる
東京23区・シングルタイプの成約賃料は、2022年から2026年までの4年間で年率4.3%のペースで上昇しています。直近は、前年同期比+8.1%です。13年間で年率1%の上昇だったものが、ここ4年は毎年4%で伸びているのです。
一方、需要の弱いエリアでは横ばいか下落が続いています。家賃の成長率が、物件によってバラバラになったわけです。
この状態では、判断の式が変わります。
インフレ期の判断軸:賃料の成長率 - 借入金利の上昇ペース
金利は全員に等しく上がります。日銀が利上げすれば、都心のワンルームも地方のアパートも同じだけ返済が増える。しかし家賃が上がるかどうかは、物件によって天と地ほど変わります。
ここで生まれるのが「転嫁力」という概念です。



金利が上がるなら、利回りの低いワンルームマンションより、利回りが高い地方のアパート投資の方が魅力的ですね!



まさに失敗する投資家の典型例じゃぞ。「金利が上がるから高利回り物件」、ではなく、「金利とともに収益性が伸びる物件」、インフレの波に乗れる物件を選ぶことこそ重要じゃ。
4. 数字で見る:5%物件と3.5%物件の逆転
具体例で確認します。
物件A:地方の高利回り物件
- 価格2,000万円/年間家賃100万円/表面利回り5.0%
- 賃料成長率:年▲1.0%(需要減で緩やかに下落)
物件B:都心の区分マンション
- 価格3,000万円/年間家賃105万円/表面利回り3.5%
- 賃料成長率:年+3.0%(長期の保守的な想定)
購入時点では、Aの利回りはBの1.4倍です。一般的な入門記事の基準に照らせば、Bは「低利回りで論外」と切り捨てられる物件です。
取得価格に対する利回りの推移
| 経過年数 | 物件A | 物件B |
| 0年 | 5.00% | 3.50% |
| 3年 | 4.85% | 3.82% |
| 5年 | 4.75% | 4.06% |
| 9年 | 4.57% | 4.57% |
| 10年 | 4.52% | 4.70% |
| 15年 | 4.30% | 5.45% |
上記の前提で計算すると、9年目で利回りが逆転します。そして15年目にはBがAを大きく引き離します。
10年後の資産価値
収益還元法では、価格はNOI(純収益)に比例します。期待利回りが変わらないと仮定すると、
| 10年後のNOI変化 | 想定価値 | |
| 物件A | ▲9.6% | 2,000万 → 約1,808万円 |
| 物件B | +34.4% | 3,000万 → 約4,032万円 |
Aは資産価値が2割近く目減りし、Bは3割以上増えます。
インフレ下で賃料が伸びる物件は資産価値も上昇します。



単純な話、不動産投資は人気物件の椅子取りゲームなのじゃ。
5. 転嫁力とは何か
転嫁力=金利や諸経費の上昇分を、家賃の引き上げによって回収できる能力
インフレ期に物件を評価する軸は、利回りの水準ではなく、この転嫁力です。
転嫁力がない物件は、永久に吸収できない
金利が2.0%から2.5%に上がったときの影響を見ます。
| 物件A(借入2,000万) | 物件B(借入3,000万) | |
| 年間返済の増加 | +約6.3万円 | +約9.4万円 |
| 家賃の年間増加 | 0円(むしろ減少) | 約3.2万円 |
| 吸収にかかる期間 | 永久に不可能 | 約3年 |
賃料が上がらない物件は、金利上昇が丸ごとダメージになります。そしてインフレ下では売却額も購入額を下回ってしまうリスクがあります。
一方で、賃料が上がる物件は金利上昇を家賃で賄え、家賃が上がることで売却額が購入額を上回ります。



転嫁力って利回りとはまた違うんですか?



全く違う概念じゃ。数値で表せるものではなく、その物件がインフレとともに家賃を上げられるポテンシャルがあるかどうかを示す考え方じゃ。何度も言うが、要は人気がある物件かどうかということじゃな。
6. 転嫁力を測る4つの実務指標
では、どうやって測るのか。利回りのように1つの数字では出ませんが、代理指標があります。
① 同一マンション内の直近成約賃料の推移
市場平均が+8%でも、そのマンションが+2%なら、あなたの物件の転嫁力は+2%です。
仲介会社にレインズの成約事例を依頼し、同一マンション・同じ間取り・直近3年で出してもらいます。購入検討中なら、売主側の業者ではなく第三者の賃貸管理会社に頼むと中立な数字が出ます。
② 成約までの日数
募集開始から1〜2週間で決まる物件は、値上げしても決まる余地があります。逆に2カ月かかる物件は、現在の家賃ですら市場より高い可能性があります。
③ 募集賃料と成約賃料の乖離
乖離が小さいほど強い市場です。募集10万円で成約10万円なら、値下げせずに決まっている証拠。募集10万円で成約9.2万円なら、その物件の実力は9.2万円です。
なお東京23区シングルの場合、募集家賃ベースの前年比は約13%、成約ベース(品質調整済)は8.1%と5ポイントの差があります。募集賃料の数字をそのまま信じてはいけない理由がここにあります。
④ 入退去の回転率
ここがインフレ期特有の論点です。
家賃は退去時にしか改定できません。日本の賃貸の平均居住期間は約4年なので、市場賃料が上がっても、自分の収入に反映されるまで平均で約2年の遅れが生じます。
つまり、回転が速い物件ほど市場賃料を早く取り込める。デフレ期には「退去が多い=原状回復コストがかさむ悪い物件」と評価されていましたが、インフレ期には評価が反転します。都心単身向けの回転の速さは、いまメリットとして機能しています。
8. 「都心区分なら全てOK」ではない
東京23区シングルの+8.1%という数字は平均です。同じ23区内でも格差は開いています。築年数が古く、駅から遠く、設備が旧式化した物件は競争力を失い、空室期間が長期化して家賃上昇は限定的だと指摘されています。
転嫁力の差は「地方 vs 都心」の間だけでなく、同じ23区内にも存在します。
駅徒歩、築年数、周辺の開発など、検討すべき点は多岐にわたります。
9. インフレ期の物件チェックリスト
従来の「利回り〇%以上」に代わる基準です。
必ず確認する(実績)
- 同一マンション内の直近3年の成約賃料は上がっているか
- 現在の入居者の家賃は、市場水準より高いか低いか(高ければ退去時に下がる)
- 募集賃料と成約賃料の乖離はどの程度か
- 直近の成約までの日数は何日か
需給を確認する
- その区の単身世帯数は増加しているか
- 徒歩圏に大規模な新築賃貸の供給計画がないか
- 周辺の競合物件の空室率はどうか
転嫁を妨げる要因がないか
- サブリース契約が付いていないか(家賃上昇の恩恵を受けられない)
- 賃貸借契約に賃料を増額しない特約がないか
- 専有部の設備更新で差別化できる余地が残っているか
試算の前提を検証する
- 金利2.5%・3.0%でも収支が回るか
- 賃料成長率の前提は保守的か(年2〜3%程度が妥当)
- 修繕積立金の値上げを織り込んでいるか
10. まとめ
インフレ期に問われているのは、利回りの高さを探す目ではなく、その利回りが10年後も維持されるか、むしろ上がっていくかを見抜く目です。
物件情報の一番上に大きく書かれた利回りの数字は、いま最も判断を誤らせやすい情報になっています。
【出典】
- アットホーム㈱/㈱三井住友トラスト基礎研究所「マンション賃料インデックス」
- アットホーム「全国主要都市の『賃貸マンション・アパート』募集家賃動向」
- 一般財団法人建設物価調査会「建築費指数」(2026年3月・東京)
- 日本不動産研究所「第54回 不動産投資家調査」(2026年4月現在)



